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2010.02.11

機動戦士ガンダムSEED & SDESTINy レビュー総論 「SEED篇」

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 誰でも一度は聞いた事があるだろうTVアニメ「機動戦士ガンダム」。それから続いたシリーズ群の最終作として描かれた「∀(ターンエー)GUNDAM」終了後の最新作として制作されたのが、今回採り上げた「機動戦士ガンダムSEED」である。
 当作は2002年10月から翌年9月までにTBS系列にて全50話が放送され、いわゆるファースト世代と呼ばれる30〜40代の男性ファンを含めつつも新規の低学年層や女性視聴者を取り込む事に成功し、再びガンダムという一大ムーブメントを築き歴代シリーズ最高の商業利益をあげたヒット作となった。その反面、昨今の教育論の変移と連動して一部の保護者層などから軽視出来ない程の苦情や抗議が寄せられたり、新旧のシリーズファン間でも内容に関して凄まじい賛否両論を巻き起こしたりと、あらゆる意味で記憶に残る「ガンダム」だった。
 初代放送から30周年を迎えた現在、製作者や業界人からのコメントを引用させて戴きながら、新たな世代に向けられた「SEEDというガンダム」を考察してみた。(February 12, 2010 付)

 【機動戦士ガンダムSEEDとは】

 SEEDを一言で表現すれば、それは「21世紀のファーストガンダム」に尽きる。監督の福田己津央氏が主張したガンダム論は、「ガンダムというロボットが出る事。ニュータイプに代表される人の革新を説く事。戦争によって揺れ動く人間達のドラマ=群集劇を描く事」の3点であった。故にSEEDの劇中設定はファーストガンダムのそれと同一視される様な物で固められていた。
 ニュータイプとオールドタイプという、あるがままを見ただけで物事の本質を洞察出来る者と出来ない者という構図は、コーディネイターとナチュラルという、遺伝子操作によって生まれた者と、自然のまま生まれ育った者という図式に置き換えられている。ジオン公国軍と地球連邦軍による独立戦争はザフトと地球連合軍による人種差別紛争として描かれ、キャラクター達はその戦渦で出会いや別れを体験しながら成長していく。また、ミノフスキー粒子に似た役割を持つ「ニュートロン・ジャマー」、南米のジャブロー攻略戦を思わせる「オペレーション・スピットブレイク」、ソロモンとア・バオア・クーに似た「ボアズとヤキン・ドゥーエ」、ソーラレイのような大量殺戮兵器「ジェネシス」など、あまりにも類似する表現(舞台設定)が多い為、ファースト世代からは「劣化コピー」「猿真似」「初代を侮辱した」といった声が上がった一方で、製作者側のスタイルは断固として変わらなかった。
 何故ならば、この作品はファースト世代に向けて描いたガンダムではなく、ガンダムそのものを知らない若年層向けに製作されたガンダムだからなのだ。ハッタリのきいたメカアクションやファンシーなグッズ展開についてもその姿勢が感じられる。30代後半に差しかかったファースト世代も、当時はストーリーの意味は良く分からないまま友達と一緒になってシャアザクやドムなどのガンプラを自転車で探し回っていた事だろう。SEEDのエンターテインメント部分は、正に「これからガンダムを見て育っていく世代」に向けられているのである。

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 【否定派〜主に男性側から見たガンダムSEED】

 ガンダムが傑作と評される理由は、等身大のリアルな人物、練り込まれたSF設定、膨大な情報量、戦争を題材とした「大人が楽しめるアニメ」だからだろう。その為、現在までのガンダム作品は、論理的な見方と知的なストーリーを好み、ミリタリー臭を絶妙な加減で取り入れるホビー商品を支持した、男性が支える男性の市場であった。そんな歴史を築いてきた時、ファーストガンダム世代のファンは、SEEDにおける美形揃いのキャラクターに激烈な不快感を覚えた。現実の軍隊ならばランバ・ラルに代表される髭面の上官や老兵は死なずといった感のあるガデム艦長のような中年世代の熟練兵士や老練な指揮官がいなければリアリティが無く、全てが「ウソっぽい」ものになってしまうからだ。また、主役ロボットであるガンダムが戦う様は「一騎当千の如き活躍はするが、決して最強ではなく機体の性能差とパイロットの腕によるもの」であり、無限大のパワーを持つスーパーロボットのような「絶対無敵」の存在になってはならない(とされていた)のだ。
 キャラクターの描かれ方についてもファースト世代は反発した。戦争をリアルに描くガンダムでは、中心となる主人公だけが人間味溢れる存在ではなく、周囲の環境を支える仲間(同じ兵隊)、敵兵士(一般兵、エースパイロット問わず)、関ってくる民間人、1カットしか登場しない名も無き人に至る迄、顔や声だけという薄っぺらな存在ではなく、ちょっとした仕草や内に抱えている思惑・事情・理念までを含めて伝える(匂わせる)事が重要であり、不細工な顔のキャラは美形のキャラに勝てないような表現や、勧善懲悪・善悪二元論的な物語にすれば、全てのファースト世代から肯定されないのである。一方「これはガンダムではない」とバッサリ斬り捨て、批判することを中心に楽しむ「アンチ・ファン」も現れる。美少女ものアニメでブームとなっている「萌え」にしか興味がない一部のオタク的男性視聴者からすれば、シャワーシーンや下着姿、乳揺れなどのサービスカット、更には「アノ行為」まで生生しく描かれた本作は、格好のネタアニメとしか映らなかったのだ。
 だが、美形のキャラクターがひっきりなしに登場し、しかも獅子奮迅の活躍を見せるというSEEDを、リアル指向以外で支持するファンが急増していく。それは、ロボットとSFに興味が無い、中高生を始めとする「若い女性層」であった。

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 【肯定派〜主に女性側から見たガンダムSEED】

 当作に登場する男性キャラクターはほぼ全てが美少年であるが、それにはちゃんとした理由が存在する。それは、ヒトゲノム(DNA)の完全解析に成功している世界であり、胎児の時点で遺伝子を操作し、夫婦が希望する容姿への整形が可能になっているからである。更にそんなコーディネイター達は13歳で成人とみなされるため、社会構造が低年齢層で成り立っている事も含まれる(宇宙のプラントに限るが)。また、「ガンダムを女性にもウケる作品にしたい」という意志が製作者側にあったため、ファースト世代以外を狙った「策」でもあった。
 そんなキャラクター達のデザインを手掛けた平井久司氏の画風には「目が大きくて指が細い」という特徴があり、少年達の容姿を弥が上にも高めつつ、ストリートカジュアルを意識した私服やワインレッドが鮮やかな詰襟の軍服など劇中のコスチュームデザインも凝っている。そして、ティーンエイジャーで構成された細身な体形の“スーパーボーイズ”が時にはファッションモデル並みにキメたポーズを取り、ヒロイン達と恋が芽生えたり、ドロドロの愛憎劇に発展したりするのである。これでは女性視聴者が支持するのも無理はない。また、それらのファン向けサービスとして男性キャラのシャワーシーンや友情の交流中に照れたりするカットがあった為、近年一部の女性オタク間で流行化して来た「ボーイズラブ」の二次創作もブームの引き金に繋がった事で、完全に男性ファン(特に生粋のファースト支持層)から罵詈雑言を投げかけられる要因ともなった。

 ただ、ガンダムにおいて美形は否!――と断言出来ないのも事実だ。たとえば過去の「新機動戦記ガンダムW」では5人の美形少年パイロットが主役を張り、中でもデュオやヒイロの人気が爆発しガンダムでは珍しかった女性ファンが増え(熱狂的ファンとしてタレントの加藤夏希嬢が有名)、遂には「ジャニガン」(ジャニーズガンダム)という渾名が付くまでに至ったが、私的にはシリーズ全体で見ても五指に入る傑作となっている。
 ファーストも初回放送時はファミリー層(低年齢)の視聴率が振るわず、それまでのスーパーロボット的な要素も無くオモチャの売り上げが伸びず、スポンサーだった玩具メーカーと製作者側に温度差が生じてしまい、全52話の予定が43話に短縮される事態になった。だが、放送終了後もアニメ雑誌が特集を打ち続け、一部の女性同人コミュニティから「シャアが恰好良い」、SF嗜好者層から「ガンダムは凄いんじゃないか?」などの評価が水面下で浸透。数回に渡る再放送とガンプラの爆発的人気の影響を受け、TV放送時に見込んでいた小児層ではないハイターゲット(高校〜大学生や社会人)向けに再構成した劇場版の公開を機に一大ムーブメントとなった経緯があるのだ。
 つまり、若干乱暴な言い方になるが、ガンダムの歴史を最初に(陰から)支えたのはアムロに共感しガンダムに憧れたファン層では無く、シャアという美形男性キャラを支持した「女性層」だったのである。

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 【血を隠さない描写、殺したくないから殺さない、この二つが意味するもの】

 ところで歴代ガンダムには共通する一つの特徴がある。それは「キャラクターが死ぬ事がある」という戦死描写だ。リアルロボットものというジャンルを確立したガンダムでは、モビルスーツと呼ばれる二足歩行兵器をパイロットが操縦し、敵側のモビルスーツと戦う。「前線なきクリーン・ウォー」と呼ばれている昨今の戦争は、高性能の衛星やレーダー、ステルス戦闘機などを使って、弾道弾ミサイルや空爆による「長距離誘導精密射撃」で標的を沈黙させるため、大勢の兵士を前線で撃ち合わせる事が少なく、自軍の被害(戦死者)を大幅に減らせるのが利点となっている。極端にいえば、索敵は機械に任せ、狙いを定めてスイッチを押せばそれで済んでしまうのである。
 このような「ナイフを使って手に血が付かない」人殺しでは、人は殺戮という行為に現実味を感じなくなり、ゲーム感覚になっていく恐れがある。事実、今起こっているイラク戦争では、米国が開発したリモコンによる無人自走砲が実戦投入され、倫理的側面から批判が上がって論争が巻き起こっている。然しガンダム世界ではそれら「精密機械のレーダーを狂わす(無効化する)原因」が必ず存在するため、旧世代的な「有視界による白兵戦」の必要に迫られ、モビルスーツという兵器が一般化しているのだ。
 だが、真に恐ろしいのは、オートメーション化した無人兵器でも、大量殺戮を可能とするミサイルでも、抑止力という建前から未だに無くならない約3万発の核爆弾でも、人型の巨大ロボット兵器でもない。最も畏怖すべきものは「扱う側の人間の意志」である。兵器とは所詮道具であり、兵器を生み出すのも、兵器を封印するのも、それを扱う人間に他ならないからだ。歴代シリーズもそうであるように、本作が伝えようとしているのは、何よりも「人の愚かさ」である。

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 故に本作では人を殺す(殺される)描写を隠さない。然しそれと同時に本作では「不殺」という行為も重要視されている。製作者側には「憎しみの連鎖を断ち切るのは暴力ではない」という強い意志があり、一部のキャラがそれを代弁して実行するのだが、あまりにも強すぎるパイロット(人類最高の遺伝子調整者という設定があるものの)がそれをやってのけるため、ファースト世代からは現実の生死がかかった戦闘中に「わざと手加減する」ことなど「単なる詭弁」「机上の空論」「嘘臭いし不可能」と猛烈に批判されているのが対照的だ。
 たとえば過去のシリーズ作品「機動戦士ガンダム 第08MS小隊」では、主人公のシロー・アマダが似た精神を持ってしまい、軍務と理想の間でもがき苦しむエピソードがあった。最終的にシローは連邦軍から抜ける事で、戦争における人殺しという罪(行為)から逃れられたのだが、本作が描いているのは「遺伝子操作の有無が根底にある人種差別紛争」。コーディネイターとして、またナチュラルとして生まれた以上、世界中に広がってしまった新たな差別感情が消えない限り、たとえ一時的に軍から離れたとしても、一つの国の国民として生活する以上は紛争(迫害)から逃れる事が出来ない状況なのだ。このシビアな世界情勢は、次作にも重要なテーマとして引き継がれる事となる。

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 【筆者から見たガンダムSEED】

 ここまで様様な考察を述べて来たが、筆者は本作の肯定派である。ファーストを含めたあらゆる作品のネタを取り入れている点は決して褒め称える事こそ出来ないが、それもこれも30年近く続く日本アニメの金字塔が故。考え得るモビルスーツのアイデアやデザインは既に出尽くした感があり、語られた金言も数多く、戦争と平和に対する標語も似たような答えが反芻されるばかりだろう。ファンが望むからこそ(利益が取れればこそとも言えるが)新作は生まれるのであり、ファン自体が離れていればとっくの昔に廃れていた筈なのだ。
 ただ、時代が進むにつれて現実の科学技術や宇宙開発は進歩する。ガンダムはこれらの時代考証を「その時点での要素を含めつつも未来を意識して取り入れる」ため、常に新しいSF論を用いた舞台設定で制作出来る。SEEDが選んだ『遺伝子操作』は過去の作品では主題化されなかった要素であり、決してフィクションではない現代のヒトゲノム計画(遺伝子完全解析研究)が行き着く先を、未来の視点から警鐘を鳴らす「歴代ガンダムに無かったありうる人類像」を提示したといえないだろうか。
 そしてファーストガンダムが提示した人類の革新説、通称ニュータイプ論についても本作の福田監督はユニークな解釈を導いている。人間は地球上で唯一「言葉」によるコミュニケーションを取る動物であり、その言語の種類の多さが人種間の理解や意識の疎通を困難にしているという事実がある。かつて、あるがままを受け入れ、どんな他人であっても共感する事が可能なヒト=ニュータイプは「人は分かり合える」と語ったが、言葉によって成り立つのがヒトであり、その言語すら統一できずにいるのに、意識(脳内)レベルで人種間の偏見や差別を「一瞬」で無くすことは不可能ではないか――と言うのである(ガンダムの生みの親である富野氏も、第1話で主役ロボットを動かさないと玩具が売れないと言われ、仕方なくアムロを乗せて操縦させざるを得なかったという「後付け設定」だったと語り、実質的な完結作として制作した∀GUNDAMでは排除していた)。
 本作におけるヒトの革新とは、直感的な「分かり合える」では無く、言葉を聞いて「人はそれぞれ違う事を認め合う」という事なのだ。

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 そしてSEEDが訴えた「非戦」というテーマ。シリーズファン一人ひとりにガンダム論は存在すると思うが、筆者を含め殆んどの人は現実の兵役経験が無い「戦後生まれ」の視聴者であり、現在10代前半ならば、尚更「戦争ってなぁに?」という子供も多いだろう。戦争をリアルに考えられない世代にとって、戦争の歴史を学ぶ(知る)方法は限られている。活字と古い写真で説明する教科書、専門家が声で伝えるニュース、世界中の情勢をタイムリーに掲載する新聞など。ある程度の知識を積んできた常識人や成人層ならば、これらの媒体を自身で分析しながら「想像」する事も可能だろう。だが、より直感的に、且つ入り口そのものを広げる事を目的としていたSEEDは、若い世代に向けて「戦争って何なのか考えてみよう」という提示は確り果たしたと思えるのだ。
 また、劇中の全キャラクター達が多かれ少なかれ内に秘め、その最たる存在のブルーコスモスに象徴される『差別意識』も、本作では最重要テーマとなっている。ストーリーの脚本を担当した両澤女史は執筆にあたり、ファースト世代ではない現代の中高生の対人感覚を徹底的に調査したという。そこで浮き上がって来たのは流行を共有する者同士だけが繋がり、その流れに乗らない他者は排除・黙殺しようとする「人間関係の危うさ」で、独善的・近視眼的に社会と関り、ファッション的な付き合いが重視される中、ガンダムで伝えられる事は何なのかを考えたという。そしてSEEDは、他人との違いを受け入れるという事、暴力で解決する問題などないという事、そして現代に至っても無くならない戦争を自分達で話しあい思慮する事、これらを伝えるために制作されたのだ。

 加えて、それらが視聴者の拡大と世代の移行にも向けられ、善くも悪くも「ガンダムファンの差別化」を齎した。そして始まった論争だが、これだけは誡めておきたい。それは「一番駄目だったのは腐女子にウケればいいというガチ○モ演出」という様な論拠で批判していた人達だ。それは「アナタの勝手な偏見としかいいようがない」という事である。何故なら、そんな言葉や説明は「ただの一度たりとて製作者から発せられた」事は無く、『SEEDを観た視聴者の一部が同人コミュニティで拡大解釈していったもの』に過ぎないからだ。
 流説に振り回されて本質を見失い、表面に囚われて讒言を吐いているにすぎないアナタは、アムロに叫ばせた「バカにしてッ‥‥そうやって貴様は、永遠に他人を見下す事しかしないんだッ!」という富野監督からのメッセージを今一度噛締める必要があるのではないだろうか。
 かつてニュータイプに共感したファースト世代ですら結局差別を捨て切れていないという現実(ジレンマ)を確かに感じながら、自戒を込める事が少なくないレビューでした。

 最後に、筆者は本作のファンに肯定・否定派が混在するのを強調してきたが、福田監督はその事に対して「違うものを作っても同じものを作っても批判されるのがガンダムという作品」とコメントした事がある。「ファーストに似ているから」否定するのか、「ファーストと違うから」否定するのか。アナタがどちらにつくかは分からないが、筆者は「ファーストと似て非なるから」肯定する。

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SDESTINy篇に続く

 * P.L.A.N.T.の建設とクジラ石の信憑性
 ジョージ・グレンが持ち帰ったEvidence-01は、解析の結果「ニセモノである証拠は発見出来なかった」と結論付けられた。それはさておき、同じサンライズ社のアニメーション作品に「プラネテス」というSFドラマがあり、その台詞の中に「騙されてるぞ。ありゃあツィオルコフスキーの吐いた嘘だ――」から始まる会話シーンがある。
 もしもグレンが、自身が発端となって混乱と差別が極まってしまった地球の事を憂いながら木星から帰還したとすれば。探査ミッション中に遺伝子工学を最大限に駆使出来る環境が整っていたとしたら。そして、全人類規模の迫害からコーディネイター達を一時的に避難させる場所が必要だと考えていたとしたら。
 「地球は人類にとってゆりかごだ。だがゆりかごで一生を過ごす者はいない――」。同じ名前の宇宙船に乗っていた彼は、先人に倣いつつ「宇宙移民の原動力と起爆剤を装った同類達への救いの手」を仕込んだのかもしれない。

監督:福田己津央
出演者:保志総一朗、 三石琴乃、 桑島法子、 子安武人
収録時間:100分
レンタル開始日:2003-03-28

Story
ガンダムシリーズ最新TVシリーズのDVD化第1弾。陸、海、宇宙を舞台に展開されるバトルシーンと、少年や少女たちが友情によって人種の壁を乗り越えていく壮大なストーリーで話題に。第1話「偽りの平和」から第4話「サイレントラン」までの全4話を収録。 (詳細はこちら

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